睡眠とウェルビーイング
Ⅰ.睡眠について
〇睡眠の役割
睡眠は、動物の進化、脳の進化とともに、大きく発達した大脳をうまく休ませるための機能です。
睡眠がうまくとれないと、大脳の情報処理能力に悪い影響が出ます。睡眠不足のとき、不愉快な気分や意欲のなさが出るのは、身体ではなくて大脳そのものの機能が低下していて、大脳が休息を要求していることを意味しています。
〇睡眠の調節
睡眠の調節には3つのシステムが働いています。1つは、睡眠恒常性維持機構、2つ目は体内時計機構(夜になると睡眠を発現させるシステム)、3つ目は覚醒保持機構(覚醒が必要とされる時には睡眠の発現を抑えるシステム)です。
睡眠恒常性維持機構は、長く覚醒し徐々に低下した疲労した脳の機能を休息・回復させます。私たちの起きている時間の長さが次の睡眠を誘発します。大抵は、目が覚めた後14~16時間で次の睡眠がやってきます。日常的に睡眠を十分にとっていないと、夜間に深く長い睡眠となり、日中に眠気が残ることもあります。この睡眠恒常性維持機構は、こうした大脳の皮質の疲労に応じて睡眠を発現するシステムであり、睡眠の質と量を決めると言えるでしょう。
この睡眠の段階は4つのステージに分けられます(図1)。ステージ3と4は、深い睡眠状態を指します。レム睡眠では夢を見ている状態です。睡眠の前半は深い睡眠が多く、後半は徐々に眠りが浅くなりレム睡眠が多くなります。睡眠は年齢によっても変化が起こります。年齢が上がるにつれてステージ3・4の睡眠は少なくなり、レム睡眠、ステージ1・2の睡眠がほとんどになります。
体内時計機構は、概日リズム(サーカディアンリズム)を形成するための24時間周期のリズム信号を発振するシステムです。私たちの体の中には「体内時計」が備わっていて、この時計の働きで毎日決まった時刻にさまざまなホルモンが分泌されたり、睡眠や覚醒を繰り返すといった体内リズムが生まれます。
体内時計の周期は24時間より若干長くなっています。そのため社会生活を営んだり、規則正しい睡眠習慣のためにはこのリズムを修正する必要があります。このズレを修正するために強い効果を持つのが光です。夜の時間帯の光では、睡眠相は後退します。夜眠れる時間も朝起きる時間も遅くなります。一方で、朝の時間帯の光では、睡眠相は前進します。夜早い時間に眠くなり、朝早く目覚めやすくなります。したがって、朝起きて太陽の光を浴びることは、夜の早い睡眠に寄与することになります。
また、眠気は、体温リズムとも関係があります。深部体温(体の中心内部の温度)が下がり始めると眠りにつきやすくなります。
〇睡眠とウェルビーイング
健康的な機能を維持するために重要なことは、質の良い睡眠をとることである。ある研究では、ウェルビーイングが高い人(ただし、高齢の女性に限る)ほど、睡眠時間が長い、深い睡眠(レム睡眠)の開始が早く、その持続時間も長い、睡眠中の体動が少ないというであったと報告されている(Ryff, Singer, & Love, 2004)。また、別の研究では、健康行動の中で睡眠が最も強く幸福感と関連し、ウェルビーイングが良い睡眠や睡眠に関する問題の少なさと関連すると報告されている(Otsuka et al., 2020)。これらのことから、ウェルビーイングが高い人は睡眠の量や質が良いと言えるだろう。そして、睡眠が主観的な幸福感と関係が強いのであれば、ウェルビーイングの向上は個人の身体的・精神的健康の向上に結び付くとも考えられる。
Ⅱ.不眠症とは
〇不眠症とは
寝つきが悪くなかなか眠れない、睡眠中にしばしば目が覚めてしまう、まだ眠いのに朝早く目が覚めてしまい再び入眠することができない、十分な時間眠ったはずなのに熟睡した感じがしないといった症状があります。このような症状で眠気・集中力の低下・倦怠感・意欲の低下など日中にも支障をきたしている場合が多いようです。現代では、成人のおよそ4人に1人が不眠の問題を抱えているとも言われています。
〇代表的な不眠の症状
・入眠困難:寝つきが悪く30分以上経っても眠れない
・中途覚醒:途中で目が覚めてなかなか寝付けない
・早朝覚醒:朝早く目が覚めてしまう
・熟眠感欠如:ぐっすり眠った気がしない
これら4つの症状が組み合わさって起こることもあります。
〇不眠症の主な原因
・心理的要因:心理的なストレス(悩み・イライラ・不安・抑うつ)
・身体的要因:身体の病気や症状(外傷・リウマチ・湿疹・ぜんそく・花粉症)・年齢・頻尿
・薬理学的原因:アルコール・カフェイン・ニコチン・服用している薬(抗がん剤・自律神経や中枢神経に働く薬・ステロイド)
・生理学的原因:時差ボケ 昼夜逆転 ライフスタイル 運動不足
〇不眠を維持する3つの特徴
以下の3つ特徴によって眠れない状態が維持されてしまいます。これらは互いに影響しあっているので、3つの特徴全てを見直す必要があります。
①行動的特徴
・日中の生活習慣(運動など)
・寝る前の習慣(飲酒など)
・ベッドに入ってからの習慣(テレビを見るなど)
・寝られない時の習慣(時計を見るなど)
②認知的特徴
・寝る前の考え(今日は寝られるだろうか)
・ベッドに入ってから頭に浮かんでくる考え
(今後どうなってしまうだろうか)
・睡眠に対する考え(8時間寝なければ)
③身体的特徴
・体温
・睡眠相
・ベッドに入ってからの身体の緊張、りきみ
Ⅲ.良い睡眠をとる工夫や対策について
それでは、私たちが日常的に良い睡眠を得るためにはどのようにすれば良いのでしょうか?
私たちは、自ら主体的に、そして積極的に、適切な睡眠環境を整えていく必要があるのです。
以下の8つのポイントに注目してみましょう。
①カフェイン
覚醒作用によって、入眠困難、中途覚醒が起こることがあります。就寝4時間前からはとらないようにしましょう。私たちが普段食べている・飲んでいる物の中には、カフェインが含まれているものが身近に多いのではないでしょうか。コーヒー、緑茶、紅茶、ココア、コーラ、栄養ドリンク、チョコレート。これらすべてにカフェインが含まれています。
②ニコチン(タバコ)
吸入直後はリラックス作用がありますが、その効果はすぐなくなり、覚醒作用のみが数時間続きます。
③アルコール
睡眠薬のような効果がありますが、睡眠後半では睡眠を浅くします。利尿作用もあるため中途覚醒、早朝覚醒の原因となります。
④食事
空腹・満腹は覚醒の原因となります。規則的な食事習慣を心がけましょう。
⑤エクササイズ・運動
1回20~30分、週3回程度の運動が睡眠を促進します。激しい運動は夕方までに済ませましょう。また、寝る2・3時間前の軽い運動は睡眠を促進します。
⑥静かな環境
車の音、テレビの音などは深い眠りを阻害します。なるべく音がせず、静かに感じられる環境で眠ることが大切です。
⑦空気環境
きれいな空気は睡眠を促進します。
⑧明かり
寝る前の強い明かり(街灯・コンビニ・携帯など)は避けましょう。朝は日光を浴びると睡眠リズムが調整されます。
注意)ブルーライトは目で見ることのできる光の中でも紫外線に近く、強いエネルギーを持った光です。
・パソコン・スマートフォン・液晶テレビ・ゲーム・LED照明に多く含まれています。
・夜も明るい環境や、夜遅くまでパソコンなどのブルーライトを浴びると脳は「朝だ」と判断し、メラトニンという睡眠を司るホルモンの分泌が抑制され覚醒します。ブルーライトの量が減少すると「夜だ」と判断して、メラトニンの分泌が活発になり眠気が強くなります。
Ⅳ.終わりに
今回は、睡眠についてご紹介しました。ご自身の睡眠状況、質や時間はいかがでしょうか。現在睡眠に特に困っていないという方も、一度より良い睡眠について見直す・振り返る習慣があると良いと思われます。一方で、現在、睡眠にお困りの方もいらっしゃったのではないでしょうか。ご紹介した不眠の症状や、睡眠による不調が1ヶ月以上続いている場合、また、1ヶ月以内でも日常生活に著しく支障をきたしている場合は一度医療機関への受診をご検討ください。
参考文献
Otsuka, Y., Kaneita, Y., Itani, O., Jike, M., Osaki, Y., Higuchi, S., Kanda, H., Kinjo, A., Kuwabara, Y., Yoshimoto, H. (2020). The relationship between subjective happiness and sleep problems in Japanese adolescents. Seep Med., 69, 120–126
Ryff, C. D., Singer, B. H., & Dienberg Love, G. (2004). Positive health: connecting well–being with biology. Philosophical Transactions of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences, 359(1449), 1383-1394
内山真(2020).睡眠の役割とメカニズム.日大医学雑誌 79 (6), 327-331